« マンチェスター・ユナイテッド | メイン | チェルシー »

アーセナル

《正式名称》 Arsenal Football Club
《ユニフォームカラー》 赤/白

【本拠地】 ロンドン
【創立】 1886年
【スタジアム】 ハイバリー
【スタジアム収容人数】 38,500人

【国内タイトル】 国内リーグ:12回、FAカップ:10回、国内カップ:2回、国内スーパーカップ:回
【国際タイトル】 UEFAカップ:1回、欧州カップウィナーズカップ:1回
【過去の所属選手】 アレックス・ジェイムス、チャーリー・ジョージ、リアム・ブレイディ、イアン・ライト、トニー・アダムス

【現在の会長】 ピーター・ヒル・ウッド
【現在の監督】 アーセン・ベンゲル
【現在の所属選手】 アンリ、ベルカンプ、ピレス、リュンベリ、レジェス

【昨季の成績】 国内リーグ2位、FA杯優勝

 大砲のエンブレムと「ガナーズ(砲兵)」の愛称で知られるイングランド有数の名門クラブ。非常に長い歴史を持つ古豪であり、1886年に陸軍の兵器庫に勤める人々が結成したといわれ、その名残はエンブレムや愛称だけでなく、現在でも労働者階級の人々に広く支持されていることからも伺うことができる。

 アーセナルが表舞台でその地位を確立したのは非常に早く、当時「サッカー界の皇帝」と呼ばれていた伝説的な人物ハーバート・チャップマンが1925年に監督に就任したのを皮切りにチームは力を付け、1930年代に国内リーグを5度、FAカップを2度制覇し繁栄を謳歌した。
 チャップマンは1934年のシーズン中に急逝しているが、その功績はこの上なく大きなものであったといわれ、今でもアーセナルだけでなくイングランド・サッカー、さらには欧州サッカーの発展に尽力した偉大な人物として語り継がれている。

 これは単にアーセナルというチームを当時のイングランドNo.1クラブに押し上げたというだけでなく、画期的なフォーメーションの確立、クラブのマネージメント、スタジアムの運営から、背番号の導入、ユニフォームの色分け、ラジオ中継といった部分まで、サッカー創成期に、サッカーをアマチュアのスポーツからプロのエンターテインメントへと昇華させるにあたって大きな役割を担った改革者としても評価されているようだ。
 ちなみに、チャップマンについてその先進性を示すエピソードは事欠かず、例えばそれまでの木造スタジアムではなく、“アールデコ”様式を採用した現在のハイバリーの着工を提案したのも彼であったということである。

 黄金期の真っ只中、1934年にサッカー界の皇帝を失ったアーセナルは、彼の死後も国内リーグとFAカップでそれぞれ1度ずつタイトル奪取に成功したが、時代の波には逆らえず、1939年に第二次世界大戦が勃発しリーグ戦が中断すると共に、黄金期の幕を閉じることとなった。
 輝かしい1930年代を送ったガナーズだが、戦後にリーグが再開した1940年代後半から1980年代後半までの約40年間は低迷期であったと一般的には考えられている。
 この期間に、マンチェスター・ユナイテッドやノッティンガム・フォレスト、そしてリバプールといったチームが世界的に名を挙げた一方で、アーセナルは国内リーグで3度、FAカップで3度、UEFAカップの前身である欧州フェアーズ・カップでも1度の優勝を遂げているが、第一次世界大戦中断以降、つまり1919年から一度も下部リーグに降格したことないイングランドで唯一のクラブにとっては少ない数字であったのだろう。

 1980年代に低迷は極まっていたが、現役時代もアーセナルに所属していたジョージ・グラハムが監督に就任すると事態は変化し、アダムス、ディクソン、ボールド、ウィンターバーン、シーマンらの強力な守備を武器に1990年代前半までに数多くのタイトルを獲得した。
 しかし、この頃のアーセナルはイングランド代表のポール・マーソン、アラン・スミス、イアン・ライトといった優秀な攻撃陣を擁するも、「Boring,boring,Arsenal(つまらない退屈なアーセナル)」というフレーズが生まれるほどチームとしてはロングボールを多用し、攻撃的な魅力に欠けるサッカーをしていたことから、ファンの間でも評価は賛否の分かれるところであるようだ。

 そういう事情もあってか、本当の意味で第二次世界大戦後の長い低迷の呪縛を解いたのは1996年に就任し現在も指揮を執っているフランス人監督アーセン・ベンゲルであるといわれ、その評価は非常に高いものとなっている。
 ベンゲル監督は、そのままイングランド代表の守備陣であるシーマン、アダムス、キーオン、ディクソン、ウィンターバーンは残しつつ、前線にはオランダの天才ベルカンプやウイングのオフェルマルス、自分と同じフランス出身の選手であるアンリ、アネルカ、プティ、ビエラ、ピレスといったようにテクニックに秀でた外国人選手を連れてきて、攻撃的で美しいサッカーを披露し、ちょうど全盛期にあったサー・アレックス・ファーガソン率いるマンチェスター・ユナイテッドに対抗する唯一の存在としてタイトルも獲得した。

 特に昨々シーズンの国内リーグ無敗優勝は、プレミアシップになってからはもちろん初だが、イングランドの長い歴史を紐解いても115年ぶりの快挙であり、ライバルであるファーガソン監督のマンチェスター・ユナイテッドやアブラモビッチ・オーナー1年目のチェルシーらを全く寄せ付けない戦いぶりは数字同様に見事なものであったといえよう。
 03-04シーズンのアーセナルのサッカーは、あのヨハン・クライフをして「もしアーセナルがそのスタイルで欧州CLを優勝すれば、欧州はこのようなチャンピオンを誇りに思うだろう」と言わしめたほどで、チームとして最も油が乗っている時期だったのかもしれない。

 昨季、ポルトガル人モウリーニョ監督のチェルシーが国内リーグを独走し、スペイン人ベニテス監督のリバプールが欧州CLの頂点に辿り着いたことで、今季はプレミア・リーグにおける“フランス人ベンゲル監督のアーセナル”が国籍的にも実力的にも際立ったものではなくなったと見るむきもあるが、キャプテンのビエラが移籍し、新スタジアム完成も翌年に控えているということを考えれば、リーグの勢力図以前にアーセナルというクラブ自体が過渡期に入っているといえるのではなかろうか。