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レアル・ソシエダ

《正式名称》 Real Sociedad, SAD
《ユニフォームカラー》 紫/白

【本拠地】 サン・セバスティアン
【創立】 1909年
【スタジアム】 アノエタ
【スタジアム収容人数】 32,000人

【国内タイトル】 国内リーグ:2回、国内カップ:2回、国内スーパーカップ:1回
【国際タイトル】 -
【過去の所属選手】 アルコナーダ、バケーロ、ベギリスタイン、デ・ペドロ、シャビ・アロンソ

【現在の会長】 ホセ・ルイス・アスティアサン
【現在の監督】 ホセ・マリ・アモロルトゥ
【現在の所属選手】 ニハト、コバチェビッチ、ロペス・レカルテ

【昨季の成績】 国内リーグ14位

 スペイン北部のフランス国境近くに位置するサン・セバスティアンは、バスク国(País Vasco)自治州の州都であり、スペイン有数の高級リゾート地として知られている。帆立貝の形をしたコンチャ海岸(ビスケー湾)は有名だ。美しい海と砂浜に囲まれ“ビスケー湾の真珠”と呼ばれる地に本拠を置くレアルことレアル・ソシエダのホーム・スタジアム“アノエタ”はスペインで最も美しいスタジアムであるといわれ、チームもバスク2強の一角に数えられている。

 日本ではスペインの白い巨人レアル・マドリードが「レアル」と紹介されることが多いが、スペインで「レアル」といえばレアル・ソシエダのほうを指す。レアルとは「国王の、王室の」を意味する形容詞で、一番最初にスペイン国王から「レアル」の称号を与えられたのがソシエダであるというのがその理由。
 正確に表すと、ソシエダは「ラ・レアル」、マドリッドは「エル・レアル」ということになるが(ラもエルも冠詞)、一般的にはソシエダが「レアル、ラ・レアル」でマドリッドが「エル・ブランコ(白)、ロス・メレンゲス(綿菓子)、マドリー、エル・レアル」などと呼ばれている。

 かつてはバスクのライバルであるアスレティック・ビルバオ同様、バスク出身選手のみでチームを構成し純血主義を貫いていたが、1989年にチーム力を維持するためやむなく外国人選手の加入を解禁するとイングランドのリバプールからアイルランド人ジョン・オルドリッジを獲得した以降は多くの外国籍選手がプレーし、数年前からスペイン人選手(バスク外出身のスペイン人)の補強も開始している。

 1909年創立で長い歴史を誇るクラブだが、獲得したタイトルはほぼ全て、スペイン代表の守護神アルコナーダやバルセロナでも活躍した代表MFバケーロらを擁した1980年代前半に集中していて、この頃が黄金時代といえる唯一の時期であろう。
 1978-1979シーズンに国内リーグで4位という好成績を残すと、翌シーズンは優勝したレアル・マドリードに勝ち点1差でクラブ史上最高成績となる2位へと食い込む。そして1980-1981シーズンには念願のリーグ優勝を飾り、1981-1982シーズンには連覇を達成するという快挙も遂げる。
 翌1982-1983シーズンにはレアル・マドリードを下し国内スーパーカップの初代王者となり、国内リーグは振るわなかったが、初出場となった欧州CCでベスト4進出を果たした。しかし、この年以降は徐々に順位を落としていき、1986-1987シーズンに国内カップのタイトルを手にした以外に目立った成績を残せず、1989年には外国籍選手の補強を解禁するに至っている。

 近年も中位と下位を行き来する状況が続いていたが、2002-2003シーズン、フランス人監督ドゥヌエの下、クラブ生え抜きのシャビ・アロンソ、デ・ペドロらと、ロシアのカルピン、ユーゴスラビアのコバチェビッチ、トルコのニハト、オランダのベステルフェルトといった外国人選手を上手く組み合わせたチームが大躍進し、最終節までスター軍団レアル・マドリードと優勝争いを繰り広げ、リーグ戦を大いに沸かせた。
 タイトルこそ逃したが、レアル・ソシエダが見せたサッカーは人々を大いに魅了し、リーグ最優秀スペイン人選手にシャビ・アロンソが、リーグ最優秀外国人選手にニハトがそれぞれ選ばれたことにもそれは表れている。

 このシーズンに2位に入ったことで欧州CL出場権を獲得したが、翌年は国内リーグとの両立に苦しみ、欧州CLではベスト16に進出するも、国内リーグでは下位に低迷し、優勝を争うグループから残留を目標とするグループへ逆戻りするかたちとなった。2004年にシャビ・アロンソとデ・ペドロが移籍し、2005年にはカルピンも引退した。
 今季は、2位になった3年前の監督や主力選手の多くが去っていることもあり、抜本的な建て直しが期待されるが、資金力的になかなか今いる場所から抜け出せない、というのが現状だろう。