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《正式名称》 Athletic Club de Bilbao
《ユニフォームカラー》 赤/白/黒
【本拠地】 ビルバオ
【創立】 1898年
【スタジアム】 サン・マメス
【スタジアム収容人数】 40,000人
【国内タイトル】 国内リーグ:8回、国内カップ:23回、国内スーパーカップ:1回
【国際タイトル】 -
【過去の所属選手】 ピチチ、サラ、イリバル、スビサレッタ、アルコルタ
【現在の会長】 イグナシオ・ウガルテチェ
【現在の監督】 メンディリバル・エチェベリア→ハビエル・クレメンテ
【現在の所属選手】 エチェベリア、ウルサイス、ジェステ、グルペギ、ゲレーロ
【昨季の成績】 国内リーグ9位
スペイン最初のフットボールクラブは1889年に設立されたレクレアティーボ・ウェルバであるというのが現在は一般的だが、いまだに国内ではビルバオ説も根強い。それどころか、このアスレティックというクラブは、書面上、1898年でさえなく、1901年創立が正確なのでないかという意見もあるが、国内でアスレティックの神話が疑われることは稀なようである。
国としてよりも地域としての民族意識が高いスペインにあって、とりわけ独自性が強いといわれるバスク地方の雄アスレティック・ビルバオは、その名前からして異彩を放っているといえよう。“アスレティック”は100年以上前、バスクの地にサッカーを伝えた国イングランドの“読み方”そのままであり、スタジアムの形状もイングランド型、また、現在でも彼らのピッチ上でのプレーには英国サッカーの影響が色濃く残っている。
現在でも得点王の杯にその名を残す伝説的なFWピチチ、1シーズン最多ゴール記録を保持し続ける同じく伝説の人物サラ、いわゆるイングランド的な大型CFとして知られるこの2名の偉人は共にアスレティック出身であり、近年もサリナス、ウルサイス、ジョレンテといったようにスペインでは珍しい大型CFの系譜は受け継がれている。
中央マドリードの政府に抵抗し続けたバスク地方を代表するクラブとして、地元出身者以外の選手を補強せずにこれまでやり通してきたというアスレティック・ビルバオの不屈の精神は、テクニカルで、どこかお気楽な雰囲気のあるスペインサッカーよりも、無骨で、粘り強く潔いイングランド・サッカーのほうが性に合っていたのかもしれない。
しかし、地元のレサマと呼ばれる下部組織から引き上げられた選手だけで今まで生き残ってきたのかと言われれば、それはノーである。バスク出身者とは、ビルバオだけでなく、他のバスク地方の下部組織から育った選手を含むということで、現在、キャプテンを務めているエチェベリアなどがその好例だろう。アスレティックのバスク最大のライバルであるレアル・ソシエダで彼は育ち、デビューし、今はビルバオにいるのである。アスレティックの引き抜きもあり、ラ・レアルは現在、バスク人以外の選手も補強するようになっている。
これだけではなく、実をいえば、約1世紀前のクラブ設立当初は英国人が所属していたという話もあるし、バスクよりかなり南に外れた地域の出身者がビルバオに“バスク人として”迎え入れられるというケースもなくはないようだ。
もちろん“バスク人”という基本的な括りにしても、例えば、前述したピチチは移民の父親とバスク人の母親の間に生まれた“バスク人”であると知られているし、少なくともアスレティックにおける“バスク人”は人類学的な純血や正確性から遠いものだと推測できる。
そういった細かい事情を差し引いたとしても、「地元から生まれた選手を全力で育てよう」というアスレティック・ビルバオの極めてシンプルな理想と、多くのクラブにとっては難し過ぎるであろうそのシンプルな理想を貫く姿勢、そして結果を残し続けているという事実が、欧州中で尊敬を集めているのは間違いのないところである。
アスレティックは、レアル・マドリード、バルセロナと共にスペイン・リーグの長い歴史において一度も降格したことない3つのクラブの中の一つであり、国内リーグ優勝回数はその2強とアトレティコ・マドリードに次ぐ7回、2位は7回、国内カップ優勝回数においてはトップのバルセロナより1回少ないだけの23回、準優勝回数はバルセロナより2度多い11回にも上るのだから……。
ヨーロッパにおいては、UEFAカップ決勝0-1と2-1でアウェイ・ゴールにより“イタリアの貴婦人”ことユベントスの前に散った1977年の成績が最高であるが、サラやパニーソらを擁したアスレティックの黄金期に大会が設立されていなかったことは考慮に値する。
資金力のあるビッグクラブが外国人スターを世界中から買い集める昨今、リーガ・エスパニョーラや欧州カップで、アスレティックがタイトルを獲る確率は極めて低いと言わざるをえないが、毎シーズン、沢山の選手を入れ替え華やかにオフを彩ったクラブが、サン・マメスへの遠征を恐れていることだけは確かであろう。上位に進出する機会が少なくなったとはいえ、バスク国(País Vasco)自治州を代表する名門クラブの存在感はいまだ色褪せていない。