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《正式名称》 Valencia Club de Fútbol, SAD
《ユニフォームカラー》 白/黒
【本拠地】 バレンシア
【創立】 1919年
【スタジアム】 メスタージャ
【スタジアム収容人数】 55,000人
【国内タイトル】 国内リーグ:6回、国内カップ:6回、国内スーパーカップ:1回
【国際タイトル】 UEFAカップ:3回、欧州カップウィナーズカップ1回、欧州スーパーカップ:2回
【過去の所属選手】 ムンド、ワルド・マチャード、マリオ・ケンペス、クラウディオ・ロペス、メンディエタ
【現在の会長】 ハイメ・オルティ
【現在の監督】 キケ・フローレス
【現在の所属選手】 アイマール、ビセンテ、バラハ、アジャラ、カニサレス
【昨季の成績】 国内リーグ7位
バレンシアCFが本拠地とするバレンシア州の州都バレンシアは、パエリア発祥の地、バレンシアオレンジの産地、サン・ホセの火祭り(ラス・ファジャス)の開催地などとして有名。マドリード、バルセロナに次ぐスペイン第3の都市であり、バレンシアCFも、レアル・マドリードとFCバルセロナの両雄にこそ及ばないが、近年の目覚しい躍進もあり、スペイン有数のビッグクラブとして認知されている。
バレンシアCFの名前が初めてスペイン中に知れ渡ったのはおそらく1940年代だろう。リーグ戦で191得点/208試合(得点王2回)を叩き出しスペインサッカー史にその名を残している伝説的なFWムンドに率いられたクラブは、国内リーグ優勝を3回、2位を2回、国内カップ優勝を2回、その10年間で経験している。
1950年代はクバラのバルセロナとディステファノのレアル・マドリードがスペイン、そして欧州を支配したので、バレンシアは目立った成績を挙げることができずにいたが、1960年代にはブラジル人のワルド・マチャードや地元出身のプチャデスらを擁するチームがUEFAカップの前身であるフェアーズ・カップを1962年、1963年に連覇、1964年に準優勝し、欧州でもその地位を固めた。
1970年代から80年代前半にかけては国内リーグ優勝1回、国内カップ優勝1回に加え、欧州カップウィナーズカップ優勝1回、欧州スーパーカップ優勝1回を飾り、「闘牛士」の愛称で知られるアルゼンチンのマリオ・ケンペス、西ドイツ代表の「雷神」ボンホフ、ウルグアイのフェルナンド・モレナ、オランダのジョニー・レップなどのスター選手が所属している。
1980年代半ばに入ると勢いが落ち始め、1985-1986シーズンには降格し1年間2部を経験するが、ここから這い上がってからはチーム力を上げていき、14位から一気に3位、2位と好成績を挙げ、以降は1990年代半ばまで常にリーグの上位と中位を行き来した。
この期間のバレンシアは、ブルガリア代表ストライカーのぺネフやユーゴスラビアのミヤトビッチのように大活躍した選手から、サレンコ、ロマーリオ、オルテガらのように馴染めなかった選手まで、多くのスターと契約した。
しかし、本当の栄光が訪れたのは、1990年代後半、アルゼンチン人のエクトル・クーペルとスペイン人のラファエル・ベニテスという二人の名将に率いられた時代であろう。
前者の頃は、タイトルにこそ手が届かなかったが、メンディエタ、クラウデォオ・ロペス、イリエといった優れたタレントを有し、国内リーグで上位に入っただけでなく、欧州CLで2年連続の決勝進出を果たし、欧州中にあらためてバレンシアCFの名を知らしめた。
後者の頃は、アイマール、アジャラといったアルゼンチン代表選手やバラハ、アルベルダ、ビセンテらスペイン代表選手を中心に3年間で国内リーグ優勝2回、UEFAカップ優勝1回とタイトルに満ち、文句の付けようのない至福の時であったと言える。
クーペル時代とベニテス時代の両方の成功を知っている貴重なベテラン選手たち、イタリア人DFカルボーニやスペイン代表GKカニサレスらを除いては基本的に出入りの激しいチームであったが、昨年ベニテス監督がリバプールに去ってからのクラブ成績は明らかな下降線を描いていて、現在、偉大なる知将の穴がまだ埋まっていないことは確かなようである。