
《正式名称》 Republik Österreich
《ユニフォームカラー》 赤/白/赤
【通称】 Austria
【首都】 ウィーン![]()
【言語】 ドイツ語
【国土】 83,858 km²
【人口】 819万人
【協会設立】 1904年
【FIFA加盟】 1907年
【W杯出場】 7回
【五輪出場】 1回
【欧州選手権出場】 0回
【過去の有名選手】 シンデラー、オツビルク、ペッツァイ、ポルスター、ヘルツォーク
【現在の監督】 ヨーゼフ・ヒッケルスベルガー
【現在の有名選手】 バスティッチ、ハース、マニンガー
【FIFA略称】 AUT
【FIFA世界ランキング】 75位
“音楽の都”ウィーンで有名なオーストリア。モーツァルトの出身地である。国名の「Österreich」はドイツ語で“東の国”を意味する。ドイツの南東、ヨーロッパ大陸のド真ん中に位置し、国土は8ヶ国と隣接している。1914年に第一次世界大戦勃発の舞台となり、1938年にはドイツに併合され、1945年から米国、英国、フランス、ソ連に分割占領された。1955年に占領から独立し永世中立国を宣言しているが、1995年のEU加盟によりこれは形式化しているといえよう。民族的にはゲルマン系が8割以上を占める。
現在、サッカーの強国としての認知度は低いが、第二次世界大戦前は欧州有数の強豪であった。後に“ムッソリーニの大会”として知られることになるイタリアW杯が開催されたのは1934年。この大会前、シンデラーやビカンら優れた選手を揃え“ブンダー・チーム(驚異のチーム)”と呼ばれたオーストリア代表は優勝候補の筆頭に挙げられていた。しかし、不運な悪天候の巡り合せや頼りない審判たちにより、準決勝で開催国と対戦したオーストリアも、他の強国がそうであったように“ムッソリーニのイタリア”の前に沈んでいる。1936年、ヒトラーの大会といわれるベルリン五輪では決勝でまたしてもイタリアの前に屈した。
ちなみに、次の大舞台にあたる1938年のワールドカップにオーストリアは出場していない。ドイツに併合され国自体が消滅していたからである。ユダヤ人であったオーストリア随一のスター選手マティアス・シンデラーは、1939年に将来を悲観し自殺している(しかし、証拠は残っておらず、他殺説もある)。いつの時代もサッカーは政治の影響を受けてしまうものだといわれるが、これほどファシズムの犠牲になった代表チームも他にないのではなかろうか。
ブンダーチーム以降だと、1954年W杯スイス大会においてオーストリア代表を史上最高の3位へと導いたメンバーで、キャプテンとして攻撃にも守備にも貢献した左利きのセンターハーフであるエルンスト・オツビルク、ウィングからDFまでこなすユーティリティープレイヤーだったゲアハルト・ハナッピ、後に監督としても偉大なるキャリアを築いたエルンスト・ハッペルらはよく知られている。
また、1970~80年代には、“アルプスのベッケンバウアー”と呼ばれたハードなDFブルノ・ペッツァイや点取り屋のハンス・クランクル、1990年代にはオースラリア代表の最多出場試合と最多得点の両方を記録したアントン・ポルスターや“アルプスのマラドーナ”こと左利きのテクニシャンであるアンドレアス・ヘルツォークといった有名選手を輩出している。
しかし、近年に限れば、あまり目立った選手が現れていないというのも事実である。それどことろか、21世紀に入ってからは、W杯及び欧州選手権の本大会で代表チームを観ることさえできていない。さしあたっては、スイスと共催する2008年欧州選手権で健闘することが最大の目標であろう。