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【優勝国】イタリア
【予選出場チーム】32
【本大会出場チーム】16
第1回大会が大成功に終わったことで、第2回大会は、開催地立候補13ヶ国、予選出場32ヶ国と、ワールドカップの規模は一回り大きくなった。
前回王者のウルグアイは、自国大会で多くの欧州諸国が参加を辞退したことに抗議する意味を込めて出場を拒否、アルゼンチンやブラジルもベストメンバーを送らないといった手段で抗議したが、全体としては大きなイベントとなる。
しかし、この大会を語る上で避けては通れないのが、開催国イタリアの独裁者ムッソリーニである。どうしても勝ちたいムッソリーニは、まず大会前にイタリア国内でプレーする多くのアルゼンチン人選手を強制的に帰化させチームを強化し南米諸国の反感を買い、本大会でも数多くの不可解な判定が代表チームを救ったことで非難の的となった。
ヒトラーの1936年ベルリン五輪の例を出すまでもなく、いつの時代も得てして独裁者は対外戦略や国家高揚のためにスポーツの大会を利用した。この大会はその典型とも呼べる形となり、イタリア優勝で幕を閉じると共に、世界情勢は戦渦へと突入するのだった。